ネコミミにひかりあれ

エッセイを書いています。

「殺人事件ください」

大学生の頃、レンタルビデオ店でアルバイトをしていた。
初めてのアルバイトはケーキ屋さんだったが、ケーキ屋さんの雰囲気に全く馴染めなくてバイトに行けなくなった私に、親戚づてで紹介されたのが地元のレンタルビデオ店だった。

一日の研修でどうにか知識を詰め込んでハイ現場、というケーキ屋さんとは違い、レジを打つのにも売り場を覚えるのにもOJTが付くのがありがたかった。
レジでまごついているとOJTに付いてくれた先輩たちが「あ〜いいよこれやっとくから、見てて」とレジを代わってくれたあとメモを取るように促してくれて、それでどうにか仕事を覚えることができていった。
仕事を覚えてしばらく経つと、レンタルDVDではなくレンタルCDや物販の担当の一人になっていた。
たまにレンタルDVD売り場のシフトに入ると緊張するものの、「バック」(レンタルDVDやCDを売り場に戻すこと)の時間が多く取れて嬉しかった。体を動かしていれば時間が過ぎるのでバックの時間は楽しいのだ。

レジでもバックでもお客さんにはよく話しかけられた。接客業だからというのもあるけど、レンタルDVD屋というのは何度も来ていない限りは売り場がわかりづらい。
「〇〇特集!」みたいな感じで特設の棚を作ることもあるので、昨日あった棚に今日はない、なんてこともざらにあった。

「殺人事件ください」と子供が背伸びしてレジの私に話しかける。
「殺人事件ですか」と繰り返すと、うん、といわれる。
幼稚園児か小学生ぐらいの女の子に何を見せればいいんだろう。まさかずっと面陳(DVDのパッケージが正面に来るように陳列されているもののこと。普通は背表紙しか見えない)されている「セブン」ではあるまい。一瞬迷いながら、とりあえず「名探偵コナン」の棚に連れて行った。

音楽コーナーでは「このプレーヤーどうですか」と聞かれる。
iPodが出始めた頃だったから、どこのメーカーかもわからないMP3プレイヤーが当時たくさんあって、使いづらいんだろうな、と思いながら眺めていた。
今ならそういった安価なプレイヤーでも良さを見出すことができるかもしれないが、大学生には無理だった。
「できればちゃんとしたものを買ったほうがいいと思いますよ。近くのスーパーの2階に電気屋さんがあるので、そちらで探してみてください」と返す。
おばさん、ぐらいの歳の女性は「あらそう、ありがとうね。行ってみます」と店を出て行った。
DVDプレイヤーについて聞かれた時も同じことを言っていた。どうせ金を使うなら、ちゃんとした製品を買ったほうがよかろう、そんなことを思って。

いま思い出すとレンタルビデオ屋のアルバイトはかなりゆるくて自由だった。
のんびりした店長だったからかもしれない。のんびりした店長は自分が深夜のシフトに入っている時、おそらく目の前で店頭で映像を流す用のモニターを二台盗まれたのに気づかなかったと言う。翌日シフトに入っていた社員の人が「ありえないんだよな〜」と苦笑いしていたのを思い出す。出入り口が一つしかなく、レジの目の前を通らないと出られない構造だったのに、モニターなんて大きいものを二つも、どうやって万引きされてしまったんだろうか。

今はもうない仕事のことをこんな風に思い出す。
たまに夢の中でまだ働いていたりして、もう無い店のバックヤードで着替えながら、今日のシフトを確認する。そこであっ、もうないんだ、と思って起きる。
Facebookの「知り合いかも?」には、どこでどうやって見つけてきたのか、昔よくシフトが一緒だった人が表示されていたりする。もう10年以上前の話。