ネコミミ新世界

日記その他もろもろ

  • 親しい人たちがみな転職してゆき、自分だけ取り残されているような感覚がある。自分にはスキルがないから仕方ないとか、そんなことばかり考えて泣きそうになる。
  • ツイてるから大丈夫、必ず救われる、そんなふうにおもうけど、たまに弱音を吐くぐらい許してほしいよ。
  • みんな誰かに望まれてどこかに転職して行ったけど、翻ってわたしは、私は、特に誰にも望まれず、頑張って企業のホームページなどから問い合わせをしては適合しないというしんどい日々で、転職してどこかに行ってしまった人たちが皆輝いて見える。そんなことはなくてまた別の地獄があるのだろうけど。
  • 特に誰にも望まれない、というのが最悪に悲しい。
  • いつも誰にも望まれないように思う。
  • 今年は。それでも今年は、きっとやりたいことが叶う年になるだろう。前厄らしいけども。でも望んでいることが叶うと思う。「るきさん」のように暮らしたいのだ。
  • できれば夏は高校野球を夕方までつけっぱなしにして、声が聞こえる環境下で仕事をしたい。家にいるから保存食なんかも作るだろう。それで土日には恋人と会うだろう。たまに平日にも会うだろう。本を読む椅子を買って、ベランダで読んだりするかもしれない。
  • 人生100年と言いながら皆転職の経歴で30を超えると未経験のものは…という顔をする。やらせてくれりゃあいいのに。
  • そのようにして眠く過ごしている。本当にどうするんだろう。今の賭けに負けた場合は。勝つとは思うのだが。

  • 今年の箱根駅伝は久しぶりに全部見た。1区のスタートこそ見逃したけどだらだらと全部見たと思う。5区の山登りも創価の往路優勝も、そのあと復路のいくつかの区間賞も、駒澤の鮮やかな大逆転劇も。
  • いやーそれにしても本当に今年は数年ぶりに夢中になってみてしまった。予選会も見れるときは見る程度に箱根駅伝好きなので、来年は沿道行けるといいな(スノボ行かないときは行ってたから)。
  • 学連選抜が地味に早くて良かったですね。というか青学も確か最初は学連選抜のなかの常連という感じだったから、もしかすると次の強い学校はもう視界に入ってたのかもしれない。つか國學院とか強くなったよね。
  • 駒澤のお葬式ゴールを過去数回目にした(と思う)人間としては、もう本当によかったとしか言えない。創価も監督が良さそうな方だったので来年楽しみです。ダークホースすぎるよね。
  • 賛否両論あるだろうけど日テレの実況において各校の襷の色を言うのが大変好きでして、わたしは、やっぱり縁もゆかりもないけど東洋大学がいきなり現れた頃のこと覚えているから、"強い鉄紺が帰ってきました!"には泣いてしまったよね。“藤色の襷が先頭で嬉しそうに揺れています!"は言い過ぎでしょと思いましたが。
  • 強豪校には強豪校の、新しい時代の学校にはその学校の、それぞれやってきたプライドがあると思うので、来年も楽しみです。
  • まあでもやっぱり明治はちょっと調子悪かったにせよ速い区間があったし、中央も頑張ってほしいけど復路はよかったし、順天堂や東海大、それに早稲田、という頃を知っているのでなんか古豪と呼ばれる大学には頑張ってほしいなと思います。
  • 東京農大とかのことも待ってます。
  • 予選会スタート死ぬほどつらそうで、わたしの母校の日大なんて出られなくなっててかわいそうだけど、今年はその2区の留学生頼み、の学校が二つともそのあとあんまり順位を落としてなかったのが印象的でした。たぶん創価と東京国際だったと思うけど、創価は往路優勝、東京国際はシード入りでしょう。やっぱり留学生だけじゃねーか、と言われないためのチームみたいなのって大事だなと思いました。あと東京国際はユニフォームがおしゃれでしたね。
  • とにかく今年は創価の4区がすごかった、あそこで出る判断したの誰なんだろう?監督?走者?監督の予想を超えての往路優勝。色々言われていたきがするけど、やっぱりすごい。すごいっす。留学生の貯金使い果たさないであそこまで行くってさ。
  • 正直芦ノ湖スタートで2分ちょい、詰めても1分ぐらい、ということでまた大八木がかわいそうゴールになるのかなと思ってたけどそんなことはなかった駒澤。
  • 駒澤は10区区間賞だったということで、そこは枚数を揃えられて、かつ諦めなかった駒澤がすごいんだなと思いました。だって9区の創価がめちゃくちゃ速くて、2分ぐらいだったのに3分まで伸びてしまって。それでも詰めて、最後逆転した、というのはすごい。最後まで本当にテレビから目が離せなかった。
  • いつも復路の終盤ってシード権争いなのにね。
  • ということで駒澤すごかった。強い駒澤が帰ってきたの本当に嬉しいね。
  • あと東洋大が10区で3位を死守してたのもねえ。東洋大好きなので嬉しかったですね。強い鉄紺。やっぱりかっこいいよねえ。
  • 今年は本当に面白かったなあ。一斉スタートも繰上げも少なくて良かった。
  • そのあと高校サッカーも少し見ました。
  • Runner of the spirit聴くと正月終わるなあと言う気持ちになる。なりませんか。

  • もうずっと退職する人たちを見送っている。入退社を見守っている。仲のいい人が何人も辞めると、仲のいい人はあまり増えなかった。やっぱりほら、入社時期とかさ、席とかさ、仕事とかさ、色々あるじゃん。わたしは今ほぼ一人部署で、全く親しくない、違うチーム違う仕事だけどお向かいの席。という方にまで、それで平気なんですか、と言われるようなポジションにいる。それでも褒めてくれる人がいるとたのしかったんだけど、最近はどうも違うみたいだ。
  • 完璧な無関心がわたしを囲んでいる。自分の仕事について真面目に考えないと職務経歴書が埋まらないが、自分の仕事について真面目に考えると泣きたくなる。
  • わたしは努力が足りないから天国へゆけないのかもしれない。いつでも仲のいい人たちは努力していた気がする。わたしは?わたしも…人並みの…努力を…して…してないのかもしれない。努力したと思ってたのはまぼろしで、ただの給料泥棒だったのかもしれない。
  • 無関心に囲まれていると、同じ仕事をしている人がいないと、それが分からなくなる。前職と同じように、わたしは自分が見えなくなってしまった。人間は自分の姿を自分で見ることができない、みたいなのを聞いたことがある。他者の目でも、鏡でも、いつだってなにかがないとわたしを見えない。
  • 寒いせいか、久しぶりに暗い気持ちに囲まれている。そんな中で灯火のように自分を鼓舞する。わたしを評価してくれた人もいたじゃないか。日々の仕事でも転職活動でも。わたしの別件はわたしの灯火になっている。別件というのが回りくどいのであれば、副業か。
  • 昔描いた絵を見た。わたしは燃やさないといけない、温かな気持ちがあればあるほど少しずつ戻ってゆける。はははその意気だ。誰もが悲しい、誰もが楽しい、スパンクハッピーが歌ってくれる。
  • 昔から誰かの評価が欲しかったが誰のことも評価しなかったかもしれない。pixivも滅多に星とか点数つかなくてさ。やめてしまったんだよな。ブクマもつかないから…存在価値ないでーすって暗に言われるのがすごく嫌で。
  • 頑張ったのでスノーボードは少しできるようになった。わかんない。誰もが悲しい。わたしも。また次の数年を無駄にするのは嫌だ。だから頑張らなくては。わたしは努力してないのだろうか、わたしの…わたしの寝不足は、疲労は、苦笑いは、冷たいキーボードは、全部報われないんでしょうか。
  • 震える手で(通知が行きませんように。通知してくれ。通知が行きませんように。)と願いながらslackでメッセージを送る。apple watchに通知が来る。todoの。わたしいつでも人に話しかけるのが苦手で。チャットは永遠に話していられるのに。
  • やっぱり努力が足りなくて天国に行けないんだと思う。もしくは地獄から抜け出せない。
  • 天国ではみんなが海の話をするらしいけど、

  • 朝から自分のせいとはいえ大層気分が落ちたので家にあるワールドトリガー読み返してた。東春秋、5億点…
  • 勢いで普段アカウントがないことになっている、読む専アカウントになっているpixivも8000年ぶりぐらいにログインする。昔読んだ文章やっぱり好きだなと思う。
  • 暗い感情に引きずられてしまいそうになるが今朝はよたよたのダックスフントを二匹も見た、乗り込んだ電車では山本耀司好きです!みたいな男の子を見た、それだけでハッピー確定しているよ。
  • 来月の今日は坂本龍一さんお誕生日なので、なんか好きと言ってたこんにゃくそば?とか買うといいんだろうか。

  • 生きてきて嫌なことをあまり経験してない気がする。
  • 思春期になると娘は父親を嫌悪する〜みたいなのがなくて、仲良く買い物に行っていたし、なんなら大学に入ってからも父と待ち合わせて近くでご飯を食べたりした。
  • 母との仲もまあまあ普通だと思う。わからないけど。「会話をし、冗談を言い合い、食事をする」みたいな感じ。
  • いつかひどいトラブルに襲われたことがある。警察に相談に行くレベルの。その時のことはよく覚えていないが、家族と行ったせいか嫌な思いはしなかった。淡々とした心配がそこにあった。
  • いつかまた家に警察を呼んだ時も、今度はヤンキーみたいな喋り方をする警察の方が4、5名でいらっしゃって、そこには今度は人の心っぽい心配の形があった。
  • みんなが接する警察の人たちみんなこんなだったらいいのにと思う。わかるかな。こういう言葉遣いもレッテルになりよくないと思うけど「クラスの目立たないやつに優しい体育会系のやつ」。
  • わたしは中高とぬるま湯にいたから、オタクであることは隠してなかったし、坂本龍一のファンというのはその時点では結構特異だった。体育もできなくて、イケてないメガネで、髪もぼさぼさ。という典型的なやつだった。
  • バレンタインにクラス中に焼き菓子配ってた陸上部かなにかの男の子は優しかったなあ。いや体育祭の打ち上げにも「(苗字)さん、来ないよね?」と確認してくれるようなタイプだった。行かないから行かないと言いやすくしてくれてありがたかった。
  • 女の子だから〇〇しなさい、というのはそんなに無かったように思う。翻って、わがままで主体性がない人間が生成されたけど。
  • だからたまに見聞きする知らない人の体験や知人友人の体験には心が痛む。自分はその感情を完璧に分かれないけど、意識したいと思う。淡々とした心配。
  • 常に両親の庇護下にあると思う。
  • だけど自分も生きてる人間なのだった。痴漢に遭ったことはあるけど、同世代に比べたら少ないかもしれない。友人は乗る電車を変えたり、通報して警察に引き渡したり、本当に色々していた。
  • 学生の頃よりも痴漢の存在が生々しい。少し前にされた時は憐れみよりも怖さが先に立った。
  • 恋人は休みの日にはマニキュアを塗る。会社の規則が厳しいOLのようだと思う。去年の限定で買ったシャネルの黒がよく似合う。でもTHREEが夏に出してた透けるパープルもよく似合う。
  • わたしよりも良い基礎化粧品を使っていると思う。わたしはハトムギ化粧水と津田バームで終わりだが、向こうは資生堂をライン使いしている。そしてネイルズインクのトップコートを二人とも使う。
  • いつだったか、原宿で服を見ているときにわたしよりも恋人が履いてそうな形のスカートがあって、似合いそう、と言ったら「とても男のウエストは入らないよ」と言われたことがあった。骨格が違うことをたまに失念する。細いから。
  • ていうか昔ギャルソンのスカートあげたわね。
  • 何年か前に二人でほぼお揃いのワンピース着て歩いてたが、ああいうのはまたやったらいいと思う。
  • なんかまた人に対する嫉妬がすごいんだけどそういう時もあるかな…ある…あるある…
  • 様々な人間の結びつきやつながりの形があって、それらすべてがみんなを優しくして、穏やかにしてくれたらいい。
  • できれば、好きな人といる間ぐらいは、他人に対して優しくありたい。
  • できれば。

推しがいないオタクになったわたしのための

推しがいない。

なんだかみんなが熱烈にtwitterとかブログで書き綴るような、誰か/対象に対する"熱"が、私にはないな、と先日アドベントカレンダーに参加して気が付いた。皆の文章が面白いのは、熱量が高いからだ。誰かが好きなものについて語るときのあの熱、輝き、きらきらしたもの、感情を表現するのに追いつかない語彙。言い表せない魅力。でも話したくなる力。そういうものが、皆の書く文章を、ツイートを、輝かせている。

翻って、私はそういうものがない。

まあまあ頑張ってやっていたFGOはこの間アンインストールした。引継ぎコードは残したのでまたふいにやるかもしれないけど、レベルを最大にするとか、そういう熱はなかった。
ツイステもこの間アンインストールした。イベントを頑張って走れなかったのが敗因だった。0か100かで考えてしまうので「このイベント今からやっても時間が足りないな、じゃあいいや」と引継ぎコードを発行してから消した。そういうゲームがたくさんある。

でも、私は昔の熱を知っている。

私の推しは今も昔も変わらず坂本龍一、と言っていいだろう。教授とあだ名されるその人だ。老け専枯れ専どこ吹く風、あのロマンスグレーがいいんじゃないの(ロマンスグレーついでに。私はムーンライダーズならかしぶち哲郎が好きです)。
熱はだいぶ冷めてしまったけれど。
今もYMOについては同世代より深く話せるし、坂本龍一についても然りだ。

でも、そういう、人に伝播させるような熱は、もうない。
誰かに話したいとか、分かち合いたいとか、もしくはそういうのがなくても自然と溢れてくるようなものは、もうない。輝く妄想も、いびつに読み替えたい現実も、ない。持っていないな、と思う。
私はもはやオタク「っぽい」だけで、オタクではない。二次創作をやる気力もなければ、絵だって描かなくなってしまった。小話も書かなくなった。

オタクではなくなって、推しという存在がいなくなっても、好きなものは好きだ、と思う。

先日、坂本龍一が配信でライブをやった。
いつものピアノのセットリストねはいはい分かったenergy flowと戦メリをやるだろうと斜に構えて見ていた。実際にその二曲はやったのだが、戦メリの前に「The Seed and The Sower」が演奏された。目を見開いてしまった。え、そこでこれをやるのか。「聞きなれた曲しかやらない」とは、どの口が言ったのか。その曲は。私が知る限りは「戦場のメリークリスマス」のサントラとそれを全編ピアノで弾き直したカセットブック「アヴェク・ピアノ」、そしてそれをCDにした「Coda」でしか聴けなかったのではなかったか。*1それが今。なーにが「聞きなれた曲しかやらない」だ。「aubade」だって演奏されたとき笑っちゃったんだぞこっちは。三ツ矢サイダーのCM曲として書かれた曲…!

f:id:necomimii:20201214221805p:plain
アヴェクピアノは持ってないけどCodaは持ってる方の人間だった

しかしそういう熱も、何かを語るようなところには向かない。
私には語る相手がいないし、twitterで孤独に呟き続けるのも限界があるからだ。

たまにキラキラと輝く「推しの話をするオタク」を見て胸がつぶれそうになる。そこまで人生賭けられていいな、と思う。輝きに目がくらむことはもうなくなってしまった。あらゆる光源があるのに、自分は何かにはまりこんでも「アウトプットをしないといけない」と思い込んでしまうらしい。だから、はまり込まなくなってしまった。
昔、絵を描いていた頃もそういう気持ちになった。なんとなく、自分の描く絵はあんまりうまくなくて、似た内容でもうまい人が描いたほうが閲覧数が伸びる、ということを知っていた。それで、そういう人の妄想のソースになるようにテープ起こしのようなものをコンテンツとして差し出すようになった。それはそれで求められていたものだったので楽しかったが、ふと「これ"も"、私でなくても大丈夫だ」と思ったのだ。
公式のレポートを見ればいい。SNS全盛の時代であれば、ハッシュタグを追えば事足りる。
だから、自分が評価されたいと思った瞬間にそれは対象への熱ではなかったのだとはっきり自覚したのだった。

そういうよく分からない感情を、たまにこうして供養する。

*1:よく見たらplaying the orchestaでもやってたから探したらもっとやってそう

誰かの一日をずっと生きている

f:id:necomimii:20201212081534j:plain

昔から、誰かの日常を読むのが好きだった。
インターネットが発達して「リアタイ」とか「リアル」と呼ばれる一言日記が級友たちの間で流行りだしたぐらいから、私は知っている人・知らない人を問わず、とにかく人の日記を読むのが好きだということに気がついた。そして有益そうな情報があれば迷わず自分のアナログな手帳に書き残した。

たとえば、炭酸水をボトルで買って持ち歩くこと(そのブログの管理人は、サンペレグリノでもペリエでもない、なにか聞いたことのない名前の水を愛飲していた)。たとえば、アルビオンのスキンコンディショナーがとてもいいということ。
私の昔の手帳にはそういう断片的な「誰か」の情報が散らばっている。

私は、あなたがどういう人か知りたい。

あなたという「誰か」にずっとなりたかった。
あなたがどういうものを好み、なにを使い、なにを食べ、なにを着、なにを読み、いつ眠るのか。どんなところに行くのか。どんな音楽が好きなのか。いつ涙を流すのか。好きなお風呂の入浴剤。スタバのカスタマイズ。スマートフォンのケース。指名買いする化粧品。愛しているのは誰?
それらすべてを遠いところから見ていたい。

同じことがインターネットだけではなく、出版物にも当てはまる。
私は、誰かの日記を読むのが好きだ。

このコロナ禍において、その日々を書き留めておこうと思った人はたくさんいたようで、似たような本が二冊ほど出版されている。「仕事本」と「コロナ禍日記」という本以外にもきっとあると思うけど、私が確認したのはその二冊だ。そして私は前者を読んだ。
概ね緊急事態宣言が出た4月7日ごろからの、沢山の人の日記が載っている。2020年は、なにか色々なものが変わってしまった年だったのだと改めて思う。

私もスーパーで他人が後ろに並ぶの嫌だったよ、とか、いざ仕事をしようと思っても落ち着かない、とか、共感する心の動きが止まらない。ページを捲る手が急かされる。日記の中の見ず知らずの人々に共感し、心配し、勇気づけられる。
SNSが発達して浸透した結果、皆が日記を書かずともリアルタイムで共有される世界が来てしまった。私はそういうのも好きだ。だって「誰か」の生活や日常が垣間見えて、自分がそれを真似するのが好きなのだから。
でも書き留められた日記のほうが、より生々しくその人となりがにじみ出てくる(と思われる)のは、なんでだろう。

恋するものはいつも恋の対象を真似る。とは、菊地成孔のエッセイで知った概念だったと思う。東京タワーとエッフェル塔の話で出てきたはずだ。だから、私はいつも恋をしている。熱を持ってあなたの日記を読んでいる。
インターネットでも過去の偉大なエッセイストや文筆家たちでも、私ではない誰かになりたくて。

この記事は文芸 Advent Calendar 2020の12日目の記事として書かれました。
昨日はなのさんでした。
明日は川村和徳さんです。