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ネコミミ新世界

日記その他もろもろ

近況

人のブログ読みたいとか日常読みたいとわめきながら私が全くブログ更新していないのであった。
だめじゃん。

なんだかライターとして仕事をやることがあるし、きちんと文章を読もう!と思って、
思って手に取ったのが植本一子の「家族最後の日」だった。
文章の圧というか、いきなり母親と絶縁した話が出てきて面食らってしまった。
止まらなくなったので「かなわない」も読む。
植本一子のこともECDのことも存じ上げなかったけど年齢差があるお二人だという知識はあって、
スッと調べてみたらば、私と同い年の頃には既にお子さんが二人もいらっしゃる、みたいな感じで、
この人は私よりも完璧に社会性があるし凄いな、偉いな、という感想になった。
私はどうするんだろうなあ。その辺りを。
向田邦子「眠る盃」、服部みれい「あたらしい移住日記」も読んだ。
向田邦子と言えば、私なんかの世代では中学受験のド定番だったと思う。出題されるんだよね、向田邦子が。
なので読んでおくことを進められるのだけど(実際、問題文に出てきても面白かった覚えがある)、
結局読まないまま26歳まで来てしまった。きちんと読んだら面白かったので、さすが、の一言です。
服部みれいの日記シリーズは「あたらしい東京日記」「あたらしい結婚日記」も持っていて、
「移住日記」は美濃へ移住する前後の話なんだけど、まあ色々参考になるというか、面白い日常。
服部みれいは一度だけ生で見たことがあって、青山ブックセンターでのZINEに関するイベントで見たというだけなのだけど、
はつらつとしてパワーがあって、いや、すごいお方だなと思いました。色々と「?」もあるけど、トータルとして好きです。
ああいう存在。
ということで女流作家の本は読まないんだけどエッセイはよく読んでいる。
多和田葉子の「言葉と歩く日記」も読んでたのだけど、最後数ページを残してまだ読み終わっていない。

あとは先月号のGINZAの付録だった「ギンザ百景」もぱらぱら眺めている。
最近は銀座へ出かけることが多くて、銀座三越は食料品コーナー含めて好きになったけども、
いい街だなと思います。銀座。ちょっと歩けば日比谷公園があるし。
よい街にはよい公園。

買い物日記なんですが、キッカのミスティックパウダーアイシャドウを買いました。
EX-36、フューシャアイランド。
一重まぶたということもあり、あんまり目のキワに締め色を使う化粧はしなかったんだけど、
これは締め色を入れてもやわらかく仕上がること、締め色を入れても不自然にならないこと、
そしてピンク系なのに腫れぼったくならないこと(まあ、実際はラベンダー系の色だと思う)があって、買ってしまった。
使い方はもっと勉強すればもっと可愛くなるでしょう。
このあたりはまたどこかで書くでしょう。

で、ちょっと大きな買い物をしたので貯金をしようという話になりました。
というか今まで無秩序にお金を使いすぎていた。ありえない。
シャンプー買うのも色々迷う毎日です。とりあえずは節約生活だ。
しかしこういう決断をすること、それが過去よりはマシだということの証左になって欲しい。なるか?
秋になればスノーボード関連の出費が増えるだろうし、色々とお金を使わない生活にしたい。
そういうことを言うけど、おそらく明日発売のCanCamは買ってしまうだろうし、色々と世知辛い
収入が上がれば経済をガンガン回せるので、収入が上がって欲しい。
相変わらず転職したいとは思っているけど、転職≒すごく幸せ、ではない。現職の不幸さと転職を安易に結びつけてはいけないし、
転職したからといって毎日薔薇色になるわけではないよな、とも思っている。

たまに平日休んで家事をやってちょっと別件の仕事をすると、こういう生活がいいよねと思ってしまう。

HASのライブから10年経った話


あの日から10年も経つの

2007年、私はまだ高校一年生だった。
その年の3月にあったサディスティック・ミカ・バンドの再結成ライブには行きたかったけど、期末試験とだだかぶりしており、泣く泣く行くのを諦めた。程なくして「YMOが横浜でライブをやるらしい」という話が飛び込んできた。電車でそのニュースを見た時、飛び跳ねそうになったのを覚えている。実際に尻は3cmほど浮いたかもしれない。誰かに言いたかった。誰に?
「これは、なんとしてでも行かないといけない」と。

その時点で既に付き合いが10年ぐらいになっていた親友に声をかけた。まだまだ未成年で子供だった私達は、ライブに一人で行くことを許されていなかったからだ。「お互いがお互いの興味のあることに誘い合うこと」というのは多分彼女が言い出したことだと思うけど、素晴らしいことだった。おかげで、私はポルノグラフィティの「Century Lovers」が大好きになったから(アンコールは「ジレンマ」じゃなくてセンラバ派だった)。
同行者は得た。横浜までは遠いから、帰り道に迎えに行くよ、という話にもなった。この迎えも、我が家と親友の家が交互に行っていた。塾の送り迎えと同じような感覚だったと思う。
今回は親友の家の車が迎えに来てくれることになった。
問題はチケットだ。

チケットはチャリティライブだったそうで、破格の値段だった。坂本龍一の銀座ヤマハホールがイープラスの手数料を含めて1万円を超えたときに「外タレかよ」と毒づいた覚えがあるが、そのクラスの人々3人が集まって、確か4000円しなかった。当然のように争奪戦になったけど、なんとか2枚分確保できた。
今思えばすごいことだけど、12列めを確保できていた。

5月19日。パシフィコ横浜
どういう風に横浜まで行ったのか、もう覚えていない。
当日撮ったプリクラは手帳に貼ったから、今でも見ることが出来る。垢抜けない黒縁の眼鏡で、イケてない服装で、でも精一杯おしゃれしたんだなあという私。覚えたてでおぼつかない化粧もしていたと思う。
物販はTシャツしかなかったので、それを買った。同時期によく行っていたポルノグラフィティのライブと比べれば貧弱な物販だったし、パンフレットやステッカーが欲しかったが、グッズが買えたという事実だけで嬉しかった。

一番最初に披露されたのは「以心電信」だった。
もうそこで血が沸騰するかと思った。それぐらいに飢えていた。
自分の眼前で、いま、ライブが行われている、という事実に頭がくらくらした。
あとで、隣で見ていた親友には「Riot In Lagos」「音楽」と続いたときに固まってたもんね、と言われたように思う。固まっていましたか。無理もない。
坂本龍一のキャリアを振り返ったとき、私は曲としての1位は「Riot In Lagos」だと思う。アルバムなら「out of noise」だけど、80年代を挙げろというのなら迷わず「B-2 UNIT」を挙げる。

MCは全て聞き取って帰った。当時の手帳に書き残してある。
アンコールで、サポートメンバーの三人がYMOシャツを着て出てきたこともきちんと書き残してあった。
当日披露された新曲「Rescue」は、のちに「News23」で聴くまでカヒミカリィあたりの声だと思っていた。現在もたまに演奏されている「Everybody Had A Hard Year」も、Marzのカバーだとは知らなかった。

夢のような時間があっという間に終わって、パシフィコ横浜に迎えの車が来た。
帰りの車の中でも興奮が冷めやらなかった。
自分はほんとうにYMOを見たのだ。夢にまで見た曲「Riot In Lagos」が演奏されたし、「音楽」では教授も、幸宏さんも、細野さんも、歌ってくれたし、なんとアンコールの「Cue」では教授がドラムを叩いていて、これは夢かしら、と思ったのだった。

それから10年も経つ。

あの時買ったTシャツは、処分してしまった。
RYDEEN 79/07」の宣伝用のTシャツもサイズが大きかったから処分したのだと思う。誰かにあげればよかったけど、その時は既にファンのネットワークみたいなものから少し外れたところに居たから、誰に声をかけるでもなく、普通に処分してしまった。
WORLD HAPPINESSも、3回目までは毎年行っていたのに、それからぱたりと行かなくなってしまった。
当時付き合っていた人との時間を優先したのだ。

この10年の間に何があったかと言えば、私は絵をあまり描かなくなり、大学生を経て社会人になってしまって、あの頃みたいにYMOばかり聴いているわけではなくなってしまった。最近のお気に入りは原摩利彦だ。あんなにたくさん見ていたDVDの類も、見る時間があまりなくなったからという理由でディスクユニオンに全て送りつけてしまった。必要になったらまた買うだろうと思う。
あのライブに行ってなかったらどうなっていただろう。
後年、知り合ったYMOファンの人たちに聞いたら、ほぼ皆あの場に居て笑ってしまった。どこかですれ違っていた。私たちぐらいの年齢の子も居たんだろうな。当時は珍しかったけど、その「若いのにYMOなんて聴くのね」という語は、今度は私が誰かに投げつける番になった。実際、去年末のMETAFIVEの時に誰かに投げつけたかもしれない。

今でも恋人には知識量を驚かれるけど(たとえば「渡辺香津美の消されたギターの演奏聴きたい」と言われれば「それはfaker holicに入っているね」と即答出来る程度には。とはいえ恋人はYMOがさほど好きではないので、ファンの間では勿論常識であることを普通に返しているだけである)、10年前ほどの熱はない。
ありとあらゆる出来事、ここに書けないようなことも含めて、私にもうそこまでの熱はないのだと思う。

あの時、高橋幸宏のコスプレしてた方とか、坂本龍一のコスプレをしていた方たちは今もそういう服装なのだろうか。
細野晴臣のコスプレは見かけなかった。やるとリアルにおじいちゃんになるからだと思う。私も男だったら一度ぐらいは高橋幸宏のコスプレをしたかもしれない。銀座のDSMで頑張ってトム・ブラウンのカーディガンを買うかもしれない。
今でも「YMOシャツを着る」「YMOのコスプレをする」という夢はあるけど、まだ実現していない。どうせやるなら、コミケでスペースを取って、分かりやすくやりたい。

いかに自分がYMOから離れてきたかと書いてはみたものの、先日の坂本龍一ナガオカケンメイトークイベントには馳せ参じたし、なんなら話されていたことを8割はメモして帰ってきた。10年前もそんなことをしていたから、その辺りの趣味は全く変わっていない。
設置音楽展にも行ったし、WORLD HAPPINESSのチケットも久しぶりに取った。
リブートせよとHASYMOが言う。

10年前の私ほどの熱はないけど、これからもお三方を見ていると思う。気にしていると思う。
近年はまた、お三方方面に興味が戻ってきた節がある。
また10年後、そうそう、私HASのライブ行ったな、って思い出すのかもしれない。

日付のない日報

5月の連休が終わってしまって気分が淀む。

はやくスノーボードやりたい、また次の冬には滑れなくなっていそうで怖い。体力作りもやらないといけないし、切実に痩せないと今後の人生が苦しくなるのは目に見えている。
一度ジムへ行ってみるのもいいかもよ、と恋人には言われたけど、どのようにして選べばいいのか分からなくて(地元の駅から近いところ?都会?予算は?)、迷ったままぼんやり過ごしている。
作業の進捗を友人に報告することにした、と友人が言う。結局日報を書くにせよブログを書くにせよ、誰かが見ている/見てくれている/見られている、みたいなのがなければ張り合いがなくて続かないんじゃないかと思う。
それは褒められたい欲望にも少し繋がっている。化粧を変えるのは自分のためなんだけど誰かに気づいてもらえると嬉しい。
NARSの限定パレットが欲しいけど、同時にこんな色買ってももて余すからやめようという気持ちで、マキアージュのピンクブラウンを狙っている。限定ではないこと、ドラッグストアで買えること、とても気楽だと思う。

別件の進捗がとても悪い。ごめんなさい。毎朝早く起きているのに頭が働かない。いや、多分夜にやるべきなんだとは思う。今日も一本ようやく書き上げたけど入れておこうと思ったらエラーで繋がらなくて、画面は白く、私は諦めてPCを閉じたのだった。
もっとばしばし書きたい。書きたいものはたくさんあるから、あとは私の頑張り次第だと思う。頑張ってください。

それはそうと、7年前のトークイベント(縄文聖地巡礼)の起こしとは言えない起こしなんて誰が読むんだろ、と思っていたけど意外と需要がありそうなので週末をめどにやりたいと思う。
起こしと言ってはみるものの、話したことの6割も書けていれば上出来というところですが。まあ野球も打率は3割だし、いや野球と混同してはいけない。
こういうことしてたらいつのまにか教授周辺のライターになれてないかな。あ、煩悩が漏れてしまった。
教授周辺のライターでもクラシック方面なら小沼純一だしそれ以外は吉村栄一というイメージがあり、彼ら2人の知識量とか書く文章量はすごいのだろうなと思っている。取材とかもこちら側に引き出しがないと有益なこと聞けないのだし。
当たり前だけどそこに入り込む余地はないので、矮小なやる気を支えてくれるのは書いたレポートの閲覧数とかふぁぼ数になる。
星は集めて邪魔にならない。ふぁぼもはてなスターも。絵本の「星どろぼう」は、星を盗んでしまって騒動になる話だったけど、盗まないならたくさんあればいい。あるだけきらきらして綺麗です。

もう何年も前から人の話した語をメモに書きつけてはそれをまとめるというのを繰り返している。
創作活動について「それをやらずにはいられないもの」と先日お話しした方が仰っていた。やらずにはいられないもの。それが私には誰かの話を書き留めることで、何なら飲み会のメモだってひどい時には思い出して書きつけていた。
記憶力がもつのならリアルタイムに書き出さなくてもいい。最近は記憶力がないので書きつけているだけで、前は家に帰ってからブワーッとMCを思い出して書いていたのだった。

やらずにはいられないもの。
そういえば恋人がなぜ今のようになったのか、音楽的な趣味についてFaceTimeをしながら話してくれたことがあって、それも去年の手帳に書きつけてある。
話を聞きながら無心でメモを取るのが多分好きだし、それを、その場にいなかった人に共有するのも、その場にいた人が振り返る用に公開するのも、どちらも好きなんだと思う。

スノーガールに憧れたままで

あっという間に冬が過ぎ去ってしまった。

2016-17シーズンはとっくに終わってしまって、ぼんやりしながらBurtonのサイトを見たりしている。
今まで絶対に見なかったサイトの一つだ。この間なんて、ふっと家から駅に向かう緩やかな坂を見ていて、
「ああ、この坂なんて、スノーボードならスーッと滑っていけるのに」
…なんて思っていた。キックボードでもスケートボードでもない。
スノーボードで。

スノーボードが出来るようになったのか?」
と言われれば、
「一応、初級者にはなったと思います…」
と、自信なく答えるだろう。
先生には「初心者じゃなくて、初級者になった」と言われたので、初心者ではないみたいだ。でも、中級者にはまだなれていない。
初級〜中級者向けの高くて急なゲレンデでかなりビビってしまい、そこから前足に重心をかけることなどが全くできなくなって、
最後の日はそれを矯正するのに半日費やしてしまった。
だから、高くて急なゲレンデではまだ滑れなくて、初心者用のゲレンデで滑っていた。

次は「高さと速さに慣れること」が課題なのだった。
あとは「ちょっとぼこぼこした斜面を滑れるようになること」か。
きちんと足首と膝が使えていればぼこぼこは大丈夫になるし、高さと速さは完璧に慣れなのだ。
だから、次シーズンは中級者です、と言えるようになりたい。

とりあえず、スノーガールに憧れ続けたシーズンは一旦終わり。
オフシーズンは何をするんだろう。ランニングをやりたいな。
あと、きちんと自分の道具を揃えたい。
ゴーグルとヘルメットはマストで買うけれど、このままいけば板もビンディングもブーツも揃えてしまうのではないだろうか。


全くの初心者で、運動をする習慣もなかったのに、(初心者用とはいえ)よく滑れるようになりました。
来シーズンまでに体力をもっとつけて、うまくかっこよく滑れるようになりたい。
スノーガールには未だ憧れ続けている。

いままでのスノーガールに憧れた記録
necomimii.hatenablog.com
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ギャルっぽいウェアを回避する話
necomimii.hatenablog.com

誰かの四季を多分一番近くで見ている

家族と恋人の四季の移ろう様子は一番近くで見ていると思う、たまにそのことについて、はたと気づいて驚いては再確認している。
わたしはきみの四季を一番近くで見ている。

日付のない日報

スノーボードの話ばっかりしてたきがするけどそんなこともないのか。なんだか時間がすぐに経つ。
ムーンライダーズの「HAPPY/BLUE '95」は確か阪神淡路大震災のときの曲だったと思うけどちゃんと調べます、すみません。昨日何の気なしに書いたツイートが回り回って白井良明さんにリツイートされてて恐れおののいた。見てるのか。エゴサーチしてるのか。
「who's gonna die first?」とかもリョウメイさんだったんだ。すみません、ずっと鈴木慶一作だと思ってました。なんでだろう。
あの曲をNHK-FMライブビートで聴いて痺れて、中野のレコミンツまで行って「最後の晩餐」買ったんじゃなかったかな。
あんまりライダーズ関連には手を出してなくて不勉強が多いんだけど、「HAPPY/BLUE '95」は好きです。

色々転機というか岐路というかそういうところ、もっと勉強しないといい記事が書けないよねという当たり前のことに気付いてしまった。
私は私の立場で書けばいいかなと気楽に考えてたんだけど、どうもそれじゃダメなのかもと思い(あまりにも私はものを知らなすぎる)、amazonで本を見ている。
でも近くに本屋があるので本屋へ行ってどばっと買うつもり。
そうすると、日頃やっている現職が煩わしくなってよくない。この時間、家にいれば掃除やって勉強して記事書けるのに、とかね。
ぱっと辞めて、一ヶ月ぐらい暇な時間を作りたいな、と思ってしまう。でもそのあとの職はどうするんだろう?
そう思ってしまっていまひとつ踏ん切りがつかない。

社会勉強、全体的に足りない。
昨日下ろしたお金は社会勉強のための書籍代にしようか。最近はまた堀江敏幸の「河岸忘日抄」をちびちび読んでいて、これはこれで小確幸。なのだけど、勉強した方がいいと思う。

昨晩は友達とご飯を食べて大変幸せでした。
友達も「仕事以外は全て幸せ」と言っていて、わかる…と全力でうなづく。
たぶん仕事も全部幸せ、というところがあって、そこに辿り着きたい。仕事はうまくいかない日があるだろう。でも全体的に幸せなの。

最近常にお腹が痛い。

春夏のコスメも特に買ってなくて服はまあまあ買っていて、貯金しなくてはと思いながらあまり出来ていない。
電車は遅れるし、体調は悪いし、仕事はできない。

仕事は向き不向きをこの2年ずっと考えている。
あとは褒められるか否か。
特に褒められないので自分で自分の扱いをめちゃくちゃよくして、わ〜今日も出社したね偉い偉い、みたいなことをよくやるんだけど、つらい。朝の用意全部出来たね〜〜とか。
上の人が言う要件に私はついて行けてないし、無理無理と言いながらまだそこまで無理ではないんだろうと思う、よく体調崩して迷惑をかけるし、とはいえ大きく体調を崩すわけではない(布団から起き上がれないとか涙が止まらないとかはない)。
だから私はまだ特に追い詰められてなくて、自分に甘いのでもう無理って言ってるだけなんだろうなと思うけど、イヤだなって気分で働き続けるのはイヤだなあと思い続けている。

イヤだな。

朝早く起きて家事を済ませて、仕事をして、夕方から図書館と近くのスーパーへゆく、そんな生活いいなと思ったんだけどこれは「るきさん」の世界では。
憧れている。それでつつましく暮らすんだ。
そうね、ああいう風に暮らしたいな。
町から出るのは週末だけでいいよ。
なんかそんな風にいま浮かんだ。

続々々・スノーガールにあこがれて

もともと「スノーボードをやりたい」と思っていたわけではなかった。付き合っている人間がスノーボードをやっていて、しかもそれをきらきらした目で楽しそうに話すものだから、興味を持っただけだった。12月、最初に行った時にはまずゲレンデで立つことも出来なくて自分の情けなさに驚いた。

2回目には後ろ向きでの木の葉滑りがどうにか出来るようになった。後ろ向きで滑っている時、何度か派手に逆エッジになってしまって後頭部から落ちた。「目から星が出る」という当たり前に見ている語が実感を持って読めるようになった。本当に目から星が出たような気がしたんだ。ちかちかして頭が痛くなる。
この時にはゲレンデで立てるようになっていたが、ふと周りを見渡せば自分と同じようにじたばたもがいて「立てない」と苦笑いをしている初心者が多いことに気がついた。焦っているときには視界が狭くなる。立つ時には強いて言えば腹筋が必要な気がするけれど、コツだな、と思った。今でも疲れてくると途端に立てる確率が低くなる。あとは、平地では立てない。ちょっと斜度がないと立ちづらい、というのも分かった。

3回めはひたすら斜滑降の練習をした。少し出来るような兆しはあったけど結果的には出来ていなかったと思う。「膝を入れる(膝を曲げる)」「体重を前足に乗せる」というのが運動経験のない人間にはわからない。言葉や頭ではわかっているつもりだけど、撮ってもらった動画を見ると全く膝が入ってないし、後ろ足に体重が乗っているのがよくわかった。

それで、4回めの先日も斜滑降の練習をひたすらやっていた。
ずっと初心者コースのなだらかなところで滑っていたのを、昼食前の2本は初級〜中級者コースに行くことになり、そこで斜滑降の練習をした。これが”先生”曰く「よかった」ということだった。昼食前にターンのきっかけを掴んだような気分になり、よかったね、とビーフカレーを食べた。このゲレンデは何を食べても微妙に自分の期待値より下の味を出してくる。まずいわけではないが、美味しいわけでもない。スジを処理していないサヤエンドウが入っていたラーメンのほうが、暖かい分良かったかもしれない。そんなようなことを思いながら食べた。

昼食のち、初心者コースのなだらかなところに戻って2本滑ったところで完璧に分からなくなってしまった。
自分でもよく分からないのだけど、いきなり今まで出来ていたことが「飛ぶ」。頭が真っ白になる。先生にもう一回付き添ってもらって、なんとか定着させることができた、と思う。
斜滑降のときの滑り始めは横滑りと一緒だけど、尻を進行方向に入れる。前足に体重をかける。それで伸び上がった時にふっと板がフラットになるから、そこで体を少しねじると面白いようにターンみたいなものが出来る。最初の内は速さが出てしまっていたけど、それは滑り始めの角度が鋭いからだ、と先生が言う。とにかくゲレンデを広く、横に滑ること。気づけば、初心者コースでならターンをなんとなく繋げながら滑ることが出来るようになっていた。
「これは滑れるって言っていいかな」と動画を見ながら言ったら、先生は「いいんじゃない」と笑ってくれた。

いつもは座って着けるビンディングも、立って着けることが出来るようになった。別に大したことではないのだけど、立って着けられると「上級者っぽい」と先生が笑う。私のように体力がない者はビンディングを着けるために座る→ビンディングを着ける→立つ、という一連の動作で疲れてしまうので、立って着けられる時ならば立って着けたほうが良さそうだ。

最後の2本は楽しく滑ることが出来た。
午前中に行った初級者〜中級者コースへ行こうか、と思ったけれど「できなかった」という記憶を持って終わるのが嫌で、腰が引けてしまった。時間がなかったのもある。次に行くなら、初級者〜中級者コースを滑れるようになりたい。
初心者コースのリフトは16時半で終わってしまうけど、中級者コースへ行くリフトは17時まで動いている。先生は「おれちょっと滑ってくる」と言い、私はぼんやりしながら17時を待つ。先生は滑り終えてくると凄く楽しそうに笑うから、一緒に来てよかった、と思う。

着替えてから帰りの新幹線までに一時間ぐらいあるので、そこでだらだらと酒を飲むのが3回目からの習慣になった。撮った動画を見ながら先生は”恋人”と”先生”の間の顔でにこにこ笑う。「よかった、今日はほんとうにいい日だった」としきりに言う。私もそれを見て「ちょっと楽しかった」と言う。「ちょっとかよ」「いや、すごく」「ちょっとでいいよ。でも楽しそうだったよ」「楽しかった」そんなような会話をしながらチューハイを飲んだ。
学習内容がリセットされない内に、次のスノボに行ければいいな、と思う。春はもうすぐそこ、というかもう春になってしまったので、そろそろ季節的にスノーボードは終わるのだけれど。


今回からグローブも自前のものになり、次はヘルメットかゴーグルが欲しいという気持ちになっている。ヘルメットはレンタルなので色を選ぶことができず、この写真のようにひどい色合わせになることがある、というのを学んだ。
グローブについては、レンタル品だと外した瞬間なんとも言えないにおいが手についているのだけど自分のものなのでそういった不快感がなくてよかった、という感想。

たぶんまだまだ、スノーガールには憧れ続けている。