ネコミミ新世界

日記その他もろもろ

BASE PASTAを食べてみたよ

BASE PASTAがずっと気になっていた。完全栄養食ね〜、なにそれ美味しいの?という感じで。
最近はずっと「夜はダイエット()のために炭水化物あんまり食べたくないな…」みたいな気分なので、
それがまあ、栄養があるという建前のもと食べられるならいいよねという気持ち。

amazonではフィットチーネタイプしか売ってないみたい?なのでそれを買った。

レシピはいつもの、カリカリウィンナーのペペロンチーノ。
youpouch.com
これ以外でペペロンチーノをあまり作らなくなってしまった。
もう本当に本能に忠実な味のパスタができてうまいうまいになるので…。


BASE PASTAは2分茹でるだけでできてしまうので先に具を用意しておく必要がある。
まあ一応キャベツいれておこう(罪悪感軽減)ということでキャベツも入ってます。


2分茹でる。ほんとにこれで出来るの?という感じだけどできた。


炒めて完成。
ざっと10分程度で出来てしまう。

よかったところ

  • すごいもちもちしてる
  • アシードのプチプチ感が面白い

結果として、めちゃくちゃ食べごたえのあるペペロンチーノになった。

だめなところ

  • 一食分が高い
  • 量が微妙に多い

できれば100gぐらいで売ってくれるとちょうどいいのかもしれない。
まあこの辺りは完璧にいちゃもんレベルです。

まとめ

家に帰ってから10分程度でペペロンチーノ食べられるのは嬉しいので(パスタとか普通に茹でると私はレンジ使うので30分ぐらいかかる)、
軽率にBASE PASTA利用していきたい。しかしパスタというか、やたらもちもちした麺。という感じだったな。
(もしかして、もうちょっと茹でたら良かったのかもしれない)

そのあたりは次に食べる時に考えます。

今週ずっと人と会う予定があって(レッスン含めて)、めでたい。
アラサーという年齢、1990生まれ、私たちは結構色々悩む年ごろになってしまったんだなと思う。幼馴染とは「推しカプとか好きなシチュエーションの話ばかりしてたのにね!」と笑われた。本当だよ。恋や子供や仕事の話、そういうのに主軸が移った気がする。
自分が単純にあまり趣味に熱意持たなくなったのもあるのかもしれない。この間も道でゴンドウさんがDJやるっていうんで恋人とご飯食べてたのに無理やり行ったけどそんなにがっついて?喋るわけでもなく、淡々と挨拶だけして(付き合ってるんですよと言って)終わった。
昔の私だったら緊張して何話していいか分からないながらも沢山お話ししたかも知れない。いや、先日も緊張して何話したらいいか分からなかったんだけどさ。
ゴンドウさんにはゴンドウさんの時間や縄張りがあって、私には私の生きる範囲がある、それだけの話なんだよな。
たぶん。

最近はずっとしんどい。朝起きると胃が気持ち悪いけど、単純に夕飯食べすぎのような気がする。いや昨日は夕方にトースト食べて夜にヨーグルト食べたぐらいなんだけど、今朝しんどかった。
心の調子はあんまりよくない。公衆の面前で泣かなくなった(泣きづらくなった)のはいいことだと思う。だけどやっぱり「この程度で治るのなら私がダメなだけでは?」とおもい、「いやいや、仕事が辛いという一点で辞めていいはずだ」とおもい、「それは逃げてるのでは?」と思い直し、「いやいや、2年と少し勤めたから逃げたことにはならない…」と…堂々巡りみたいな思考が続いている。

昨晩はレッスンだった。
3ヶ月ぶり?ぐらいに会う先生で、拙い英語でもなんとかこの間にあったことを伝えたいという思いで話してみたら「前より良くなってる」みたいなことを言われて嬉しかった。

今日このあと苦手な上司と会う。
それだけで気分が重い。仕事もよく分からない。早く消えたいよね、とおもいながら朝の支度をしている。
消えたいとかしにたいは「逃げたい」「つらい」と同義なのでかなりライトに使ってしまっている。ぎょっとされるけど、逃げたいだけなんだなあ。なにから?仕事や現実から。

特に書くことがない(あるにはあるんだけど)、ブログ放置しがちなのは良くないと思う。
不穏な記事が一番上に来ているし、いや、心療内科にはもっと安易にかかっていいのかな、と思った。
とりあえず職場で大泣きすることはなくなった。
こわい、つらい、しんどい、そういう感情の奔流が来ても、以前のようにだらだら泣き続けることがない。
涙腺は緩むけど、すぐに涙は出ない。泣けなくなったのかな?と思うけど、どうなんでしょう。

私の職場は別に変なところではないと思う。
ただ私との相性が悪かっただけで、たぶん…。世にあふれるブラックなお話は、私にはない。
飲み会で怒られたこととか、やりがいないでしょうと言われたこととか、
基本的なことを訊いてため息をつかれたとかはあるけど、(それで大泣きしているわけだが)人と比べたらそんなに問題ではないような気もする。

こうやって書くとすごくだめなところのように見えるけど、私がだめなところを書いているからだし、
普通に定時で帰れてきちんとお金ももらえている、となればグレー寄りの白色だと思う。
思うけど、なんで心療内科行ってるんだろう、と思ったりもする。
母にはいい顔をされなかった。そういえばPMSがつらいからといってピルを飲み始めた時もいい顔されなかったな。
そういうもんだと思いますが。

転職をずっと考えていて、探さないといけないんだけど、全く動けないでいる。
また次も相性悪い人が居たら?その人しか相談先が設定されていなかったら?という理由で立ちすくんでいる。
自分はそもそもそこまで悲劇的なんだろうか?もっとヤバい状況の人はたくさんいるし、みすみす正社員という立ち位置を逃していいんだろうか?ずっと迷っている。

最近はそういう感じです。

近況

8月はほぼ毎日絵日記描いてた。
ボールペンで書いたり色々してて、今は鉛筆と水彩色鉛筆という感じになっている。

恋人と普通に話してる時にも仕事のことが思い出されてボロボロに泣いてしまう、みたいなのが多くて、さすがに人間としてまずい感じがしたのでお医者さんを頼ることにした。
一番早いのは転職なのだけど、例えば今いきなり辞める、ということはできないみたいだから(引き継ぎのために上司に声をかけるのさえ億劫である)、どうにか次を見つけるまでがんばれるように…。
と思ったけど、がんばる必要なくて、仕事中もぼんやりしているので、回り回ってもう全てがダメになっていると思う。
私は一度ダメになると早くて、もう一刻も早くどこかへ行きたくなるんだけど今回の会社はそんなにデタラメに辞められない。がんばって転職をする、それ以外の道がない。

女の子っぽい服装がなにを指すのか分からないけれど、たとえば花柄のスカート、とか履いてみてもいいのかもしれない。低いヒールならパンプスも履けるのだし。
秋になり口紅は買ったけどアイシャドウやらなんやらはまだ買えていない。買う必要ない。
いまはアンバレンタインの眼鏡が欲しい。

もう少し楽しい日記書けるように日常をやっていくしかない。

恋はご多忙申し上げられて

昨晩、何気なく点いていたリビングのテレビを見ていたら桑田佳祐が「若い広場」を歌っていた。教えてよ!NHKの「SONGS」今日だったのかー。なんとなく見てたら「波乗りジョニー」見れたのでよかった。
野球はたぶん現地ファンが一番困惑して喜んでるんだろうなって勝ち方してて、わーい。

そう、恋はご多忙なんですよ。
あなただけを愛・視点・ルール、すごい歌詞。
香水を買うときにも(これを嗅いだらどんな印象を持つだろう)と思い、アイシャドウなんてタッチアップする前に訊いちゃうもんね。「これどうかな?」って。いつでも決まって「あんまり化粧しないほうがいい、お金かけるなら化粧じゃなくて基礎ものに」と言われるのだけど。
でもこの秋のSUQQUの魔力には抗えず、口紅だけとりあえず買ったけどアイシャドウも気になっている。
いまは痒くなってしまったのでファンデーションしてないのだけど、秋冬のこっくりしたファッションなら肌もそれなりにきちんとしたい。シースルーの、何も隠せていない肌も好きだけどそれは夏だけかな。SUQQUのファンデーション、気になるでしょう。や、去年買ったアルビオンのスマートスキンベリーレアがとても良かったから当分それ使うと思うけどさ。

愛よ。
と、ほむらちゃんは言ってた気がしたけど愛についてよく知らない。今年の2月ごろの向こうの記事を読んでたら大変そうだった。そうだ、体調崩してたんだ。あのとき定時ダッシュして様子見に行ったのは私の愛だったかなあ。

最近絵日記を描いている。昨晩は水が出てくる筆を買った。家で腐らせている水彩色鉛筆、手帳にちょこちょこ色塗る程度に使っている。ファーバーカステルのいいやつのはずなんだけど…ごめんな私が水彩不得手で。

たぶん冷房病?だけど身体がだるくて仕方ない。今日プレミアムフライデーなんだけどみんなもうどうでもよくなってるでしょう。
今日ぐらいだらだらさせてよ。

反省会が終わらない

今日も走ったんですけど走ってる最中、5分もない時間だけどすごくポジティブになれる瞬間がある。
恋人と一緒に走るんだけど喋りながら走るわけではないので当然めちゃくちゃ自分と向き合うことになり、「しんどい」「苦しい」以外にも、過去の過ちとかが無限に反省会として繰り広げられることがある。
「あれをああすればよかった」の繰り返し。

この連休中、恋人に何度か「やる前から不戦敗なのはだめ」と言われた。
「自分よりもうまい人がいるとすぐやる気を無くす」とか「すぐ諦めちゃう」とかそんなようなことを言われて、言われれば言われるほど図星なので押し黙ってしまうか「そうだね」と適当に相槌を打っていた(駄目な対応)。
出来る人とくらべて、出来ない自分が本当に惨めで我慢ならないんだと思う。

そういう反省会のなかで、ふっとポジティブな瞬間に入ると「そうなんだけど、」と反論が出る。
反論というか、ふっと言われたことが「自分に都合のいいように」並び替えられる。
それは(もう恋人の語のニュアンスとかけ離れるのだけど)、「練習すれば出来るんだからやる前から諦めてはいけない」みたいな、前向きの語になって返ってくる。そしてその具体例として、今現在の「走っている自分」とか、スノーボードをやっている自分がぱぱっと想起される。

でもそのポジティブさが保たれるのはせいぜい3分ぐらいなのだった。

先日も、友人に図星というかそのものずばりの正論を言われて、ありがたい気持ちと「ウッ」という気持ちになった。
そういうことを分かりやすく指摘してくれるのは大変ありがたい。なのできちんと頑張らねばならない、と理性はわかっている。
感情が付いてこない。すぐに「お前あれが駄目だったじゃん」と反省会を促してくる。

小学生ぐらいの頃、自分の出来なさを他人とくらべて貶められる形で指摘されたのがすごくトラウマになっているのだと思う。
周回遅れで走ったこと、ドッジボールがうまく出来なかったこと、絵がうまく描けなかったこと、隣の女の子が描いた絵しか母が褒めてくれなかったこと。
たまにそういうことが、スノードームをひっくり返したようにふーーーっと浮いてくる。
なんでこんなこともできないの?という目で見られてから自転車は乗る練習をやめてしまったんだった。
(結局未だに私は自転車には乗れないと思う)
うっ、仕事でも「なんでこんなこともできないの?」という目を常に感じている…というか苦手な上司には言われたな…。なんでこんなこともできないの。

書いててつらくなってきた。
とにかく、そのような「だめな自分を忘れるなよ」という縛り?がしんどい。
最初から完璧に出来るわけじゃないので、一歩ずつうまくなっていく、というのをイメージしないといけない。
(それがスノーボードとランニングの場合には「一歩ずつマシになっていく」という感じだった)

できるようになるためにはどうしたらいいのか?上手い人を真似るしかない。
最近絵日記を描いている。絵のテイストが定まらないので、対象を決めて真似ているつもり。
上手い人。上手い文章。上手い立ち回り。それが一個ずつ積み上げられてはじめて「それが上手い人」になるのに、私一足とびで出来るようになるんじゃないかっていつも思ってしまう。それが良くないというところまではわかっている。わかっているのに。

きらきらのインターネット

だいたいニフティサーブみたいな頃に自分がインタネッに居なかったとしてもtwitterの黎明期には居たし、
今もいるし、なんなら消せないブログはずっとインタネッを回遊してるし、いつになったら黒歴史ってなくなるんだろう。
興味深く眺めている人はたくさんいるけど、私も興味深く眺められているわけだし、深淵を云々になる。
でもそこに刻みつけられた感情とか経験は本当だし、そうだな、やっぱりずっと影から見ているしかない。私も見られている。

さっき、きらきらのインターネットを見た。
きらきらの書き込みを「はずかしい」と思っちゃうことは私が年を取ったからだろうな。
テレビからは今日の甲子園の様子が流れている。本当に今日のカードは良かったね。高校球児も眩しい。
ここはまぶしいインターネット。