ネコミミにひかりあれ

エッセイを書いています。

もしも英語が使えたら、

小学生の頃、唐突に「英会話」というものが時間割のなかに入ってきた。
視聴覚室に集められて、やたらテンションが高い外国人の方と会話の真似事をさせられる。失敗したら恥ずかしいという空気が蔓延した中で。
もうそこまで幼くなかったほとんどの子供たちが遠慮がちに「は、ハーイ」と出席の返事をしていたような気がする。
私もその一人だった。

人生の半分以上は英語に触れているのに、一向にうまくならない。
うまくなりたいという気持ちはあるのに、失敗したくないとか、恥ずかしいという気持ちが強すぎて音読すらできない。
SVOという文章の型みたいなものもよくわからないから、中学に入ってからは英語が苦手科目になった。
大学生になって単位のために受けたTOEICも、人にとても言えないスコアしか取れなかった。

それまでの人生では英語は別に使えなくていいと思っていた。
使う機会もないし、海外にも行かない。行ったこともない。興味もないし、遠い世界になりつつある。
ところが、やっぱり英語が使えた方がいい場面というものがある。

それがスノーボードだった。

ある時、野沢温泉のゴンドラの中でおそらくバックカントリーの装備の、外国人男性に話しかけられた。
私は何を言っているのかよくわからなかったけど、横にいる恋人はなんとなく談笑をして、それから別れていた。
あとで何を話したのか聞いてみると「なんかね、装備を自慢したかったみたい」と言っていた。
なるほどなあと思いながら、私は会話が分かんないからよくないな、と薄ら悲しいのか悔しいのかわからない気持ちになったのだ。
英語が使えたなら今度は私が装備の自慢をできるし、世間話もできるだろう。
愛想笑いであははと流さずに、自慢話に付き合って談笑できるかもしれない。

恥ずかしさを払拭するところからだな、と思って音読ぐらいはやっている。
学習時間をもっと増やさないと使えるようにはならないな、と思いながら、今冬までにはどうにかなっていて欲しいと思う。
「海外にも行かない。」と書いたけど、もしかしたら、もしかして、向こうのゲレンデとかにも行ってみたくなるかもしれないから。


#もしも英語が使えたら

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