ネコミミにひかりあれ

読みもの、エッセイ、そういったものを書いています。

あの人が神様だったらどうしよう?

あの人が神様だったらどうしよう?と、ろくでもないことを思うことがある。

有給消化に伴って、ここ数日は日中の散歩を義務としている。隣街まで歩くと、概ね3kmぐらいは歩けてしまう。
先日も隣駅の本屋まで行こうと、イヤホンも付けずにだらだら歩いていたときだった。

「すいません」

自分ではないと思ったので、一回目はそのまま素通りした。しばらくしてもう一度声をかけられて、その声が自分に向いていることに気がついた。顔を向けると、そこには自転車に乗った外国人の青年がいた。

「○○駅までは、どうやっていけばいいですか」

そこそこ流暢な言葉だったので面食らってしまった。
あ〜、ちょっと待って、とGoogle Mapを開く。現在地からその駅までは近いので、何個か道を曲がればすぐに着く。
「その先の信号を右に曲がって、そのあと直進すれば着きますよ」
「ありがとう」
そこで会話が終われば、美しい光景だったのかもしれない。

彼がふと「あなたはどこに行くところ?」と話しかけてきた。
「本屋です、もうすぐそこで」と、ビルを指差す。知らなかった、と言う。
もうこれでいいだろう。信号待ちをしていた人々にじろじろ見られていて、自分がなんだか身の丈に合わない善行をしているような気がしてきた。
「ボーイフレンドはいる?」と聞かれる。
え、と思った。「あれ、駅まで行けますか?大丈夫?」と聞いたところ「自分は○○駅にどうしても行きたいわけではなくて、誰かと話したかった」というような答えが返ってきた。もうお手上げだ。
メールアドレスを聞かれたが、用事があるから、とそそくさとその場所を後にした。

怖かった。
怖かったが、そのあとで、彼の言い分を100%信じたほうが良かったのかどうか、思い悩んでしまった。
オンラインで日本語を学んでいるという彼。話し相手がほしいという彼。

しかし一方で「国際ロマンス詐欺」という物騒な文言が浮かんだのも、また事実だ。
あれは詐欺の一端だったのかもしれない。あそこでメールアドレスを交換していたら、なにかロマンチックな言葉が送られてきていたのだろうか。

それとも、神様だったのかもしれない。
私の「人を信じる」という気持ちを試したのかもしれない。
神よ。私も途中までは本当に目の前の人間を救いたかったんです。なんなら一緒に○○駅まで行ったってよかったのです。
でもメールアドレスを、と言われたときにギョッとしたのです。あ、これは違うかもしれない、と。

神よ。私の行動は正しかったのでしょうか?と、特定の宗教を信じていないのに問いかけてしまった。