ネコミミ新世界

日記その他もろもろ

認識みたいなの

昨晩、二人の凄い方々とお話させていただく機会があったのだけど、二人とも自分を認める力みたいなのが弱いようだった。わたしから見たら凄いことをされているのに、事あるごとに「他社では役に立たない」と言う。
断言するけどそんなことはないはずなんだ。

わたしの社会人としての人生は、カスタマーサポートから始まった。というか、もっと言うと企業の電話番から始まった。元々人と話すのが苦手で、レンタルビデオ店でアルバイトしていた頃も電話を取るのが嫌で、あまりにも電話を取らないから電話の真前のレジに配置されていたりしたのに。しかし電話番として働くことになった。
自分であんちょこを作って、パターンを見つけて、頑張る。毎日が反復練習だった。そのうち、カスタマーサポートのチームと合流して、今度はメールやチャットでの対応になっていった。
毎日毎日メモ帳に積み上げていた、日付.txtというファイル群が将来なんの役に立つんだろう。そればかり考えていた。件数を多く対応して当たり前、でもフィードバックはあまりない。(今思うとカスタマーサポートのチームの人々には大変良くしてもらったのだけど、当時は比べる基準がないから、分からなかった)

転職した先は、チームという概念がない、たった一人の世界だった。そこでも毎日が反復練習のようだった。前任者からの引継は2週間で、でもその中に初日のオリエンと最終日を含んでいるから実質10日もなかった。
前任者が残したメールやログを頼りにしながら、自分一人でtrelloとslackを使うことにした。日々降ってくるタスクは全部trelloに突っ込んで、ある程度のところでまとめておく。来年のわたしがそれを参考に出来るように。年賀状を出すと言う年に一度しかないイベントの時は、それが大いに役立った。過去のわたしが悩んでまとめた言葉が、次の年のわたしを救い、わたしの後任者をも救った。
そうそう、メールが送受信できないというときにも前職の知識が役に立った。もしくは、機械に疎いボスやスタッフに教えるときにも、CSの頃になんとなくやっていた話し方だった。

毎日「これがなんの役に立つんだろう」と思っている。蕩けていく時間。自分がどんどんダメになっていく感覚。その中で次のわたしか、わたしの後任者のために手順を残しておく。それはgoogle docsだったり、メモ帳だったり、Gmailのなかに残される。
あらゆる表現は最初のカスタマーサポートの頃に身についた。言質を取ることがいかに大事かは、前職の頃に覚えた。互いの認識を擦り合わせ、「それ」「あれ」を明確な言葉にしたほうがいい。

今やっていることは何の役に立つんだろう。
明確に言語化できないスキルばかり身について、なにも形になったものがなくて。数値で示せぬことばかり請け負って、気がつくと「そこにいたら便利な人」になっている。
そういったことを評価されないと嘆いているけど、わたしより凄い人たちも「評価されない」と嘆いている。

どこまで行っても同じ地平が広がっている。日常が終わらないのと同じように、どこまで行ってもわたしには、何もかもが同じだ。あの頃必死に積み上げた、なんの役にも立たないと思った日付.txtの山だって、「つらい」と言ったら「元気出して」と言うように設定していた一人slackだって。
だから、凄い人たちには「自分の経験は他社で役に立たない」なんて言わないでほしい。
昨日すこしだけ興奮しながら、まとまらない言葉で言ったのは「仕事を貫いてきた哲学や手法はツールに左右されないし、どこに行ってもその考え方は役に立つはずだ」みたいなことだった。
凄い人たちが嘆く世界が悲しい。みんなみんなきちんと評価されてほしい。わたしも評価されたいし、まともなフィードバックが欲しい。

そんなことを昨晩は考えていた。