ネコミミ新世界

日記その他もろもろ

emerald city(再送)

  • 湯島のバーに通いだしたのは2012年のイベントがきっかけだったんじゃないでしょうか。昨晩話してて思い出せなかったけど高野寛権藤知彦が出てきて「夜の海を走って月を見た」とかやったのは多分あの場で、それは、震災後だったと思ったのでした。
  • その頃のわたしはといえば、なにをやりたいのか/なにができるのか、というのが(今もわからないけど)全くわからなくて、就活で川崎のほうまで向かったのにわざわざ湯島まで行くみたいな生活をしていた。家でも大学でもない、第三の場所を常に求めていた。
  • "プレイバックをしない僕らは踊り続けた"とはいかなかったけど、そこに行けばなんとなく安堵する場所だった。店長さんの力も大きかった。そこでいろいろなことを話した。
  • 名前も知らない人と話した。カクトウギ・セッションに1日を除き全て行ったとその人は話してくれた。
  • 別のある日には飲みっぷりがいいからとサングリアを見ず知らずの人がおごってくれた。
  • 面白い人がたくさんいた。しかし足が遠のいて、店長が変わり、少しの間閉店しますとアナウンスがあったのは今年だった。
  • 閉店の日にはわたしは胃が壊滅していて呻いていたので行けなかった。
  • しかし8月から再開するというのと、あの頃の店長さんが1日だけやるというので、行ってきた。あいかわらず料理が美味しい。そうだ、マッサマンカレー。なにかのイベントの帰りに最後にここにきて、みんなで食べた。わたしは演者じゃなかったけど、場の流れで。翌朝バイトがあるから、となくなく終電で帰ったんだ。


  • 振り返ってみればあの頃の青山CAYと同じく、青春の一ページにはとても収まりきらない、すごい場所だった。母校の話をすきなミュージシャンとする、という変な経験を経て、わたしはMacbook proを買った。
  • すきなミュージシャンに「買えばいいのに」と言われたら、買うよね。まあマカーの人間と付き合いだしたというのも大きいんだけど。(ということはこのmbpも結構使ってるのか、、)
  • たまにまた訪ねてみたらいいのかもしれない。新しい店長が作ったというスイーツ、南瓜のプリンが神がかった美味しさであった。


  • しかし道ができて10年らしく、そう、わたしそこを7年前から知ってる、と思いました。