ネコミミ新世界

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Miyoko no Isho - YouTube

まさかこれが上がってると思わなかったので昨晩から繰り返し見ている。1991年の「朝日のような夕日をつれて」は、紀伊國屋ホールで上演された。

朝日のような夕日をつれて'91

もうずっと言い続けていることだけどわたしがこのように(薄っぺらなサブカルに)なってしまったのはこの戯曲のせいです。この時出た新版の戯曲には確か楽曲の指示がなかったと思うけど一番最初の版にはきちんと「物語は、はっきりと始まる。リズムのきいた音楽。YMO、パブリック・プレッシャーより、ジ・エンド・オブ・エイジア」というような感じで指示がしてある。
モダン・ホラー」の出だしの部分には「ビハインド・ザ・マスク」とたしかはっきり指示あった気がしたけど、もう戯曲は全て手元にないから分からない。ここで指示されていた音楽は坂本龍一の「千のナイフ」のものではなく、また「Behind The Mask +3」のものではなかったのでそこから音楽を知ったのだった。

大げさでなく、本当に初めて知った。世の中の音楽には歌がないものがあること、サビがないこと、繰り返しが続くだけでも音楽になりうること、何かひとつのシーンに音楽があるだけでそれが物語になること、多分そのようなことを。

なんだかその流れでインターネットにある「お気に召すまま〜ん」と「真夏の夜の夢」を少し見た。最後のダンスシーンは見すぎて、当時持ってたDVDは壊れてしまった(うまく再生できなくなった)。内Pはわたしの青春なのでもうなんか第三舞台(鴻上尚史の戯曲)を追いかけていた頃もそうだけどなんだか熱があった。
興味があった、なにか全般的に。

新しい会社はやる気に満ち満ちた人が多くてすごいと思う。今また少し元気がないのでそのやる気にやられてしまう。というか前職で過ごした時間が長すぎて、人間としてダメになった気がする。そんなことも言ってられないのでどうにか前を向くというか歩くというか進むというか動くしかないのだけども。

服買いに行くと元気になるかしら。
紺色のスニーカーが欲しくて色々見てたけど結局NBでよくない?となる、1400は持っててボロボロに履き潰してしまって捨てたんだけどまた買ってしまうかなあ。

朝日のような夕日をつれて」の中で「世間政治空気全てそれらのせいにして本当に良かったのかい」みたいなシーンがあるんだけどそれを読みたいしなんなら見たい。やはり第三舞台ボックス買うしかないのか?

最近本当にぐちゃぐちゃなので今夜から少しは立て直したい、掃除するし不要なものは捨てる