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ネコミミ新世界

日記その他もろもろ

日付のない日報

一昨日行った教授とナガオカケンメイのイベントはほぼ全部メモしたために書き起こすのが大変で、かつ会話のニュアンスが失われていて、昔ほどうまくはいかないなと思った。
今週中にどこかにレポートみたいなのを上げられればいいけど、すでに公式で上がってる今、私が上げる意味とは、と思う。
でも話された言葉、書き留められた言葉、人によって違うはずなので私が書くのにもきっと意味がある、はず。

正解がない問題を延々解かされ続けている気分でしんどい。
昨晩ふと、人々を助けたい、支えになりたい、という気持ちが失われていることに気づいた。そんなに大袈裟なものではなくて、前職の頃にあった「この人を支えたい」みたいなものなんだけど、それは今はない。
なんでかしら、と思ったけど、自分でも理由が特に分からない。
私はたぶん、支えようと思えば結構頑張れるタイプなのだけど、それが出来ない。
自分でピークを区切り、もうだめだと肩を落とし、湯船で涙を落とす、それら全ては私の不真面目さや不出来さからくるものだと思っているけれど、それだけではないのかもしれない。
原因の全てを自分か他者に求めることは簡単だけど、ほんとうは、もっと複雑で、もっとグラデーションになっているのだと思う。でもそこまで分かち合うのが面倒くさいし割に合わないから、自分のせいかしら、と思うのかな。
よくわからない。

しかし趣味でまでテープ起こしのような、実際にはテープ起こしの正確性はないし話のニュアンスすら失われている部分があるのだけれど、概ねテープ起こしのようなことをやっていて、私は誰かの話を聞いて読める形にするのが好きなんだなと思う。
思えば、昔から手帳には誰々がこう言っていた、というのを思い出せる限り書いていた。時には飲み会の席順までメモして。
楽しかった時間をそのようにしか保存しておくことが出来ないからだと思う。絵は少し描けるから絵を添えることもあるけれど、基本は文字だ。
たぶんその保存方法が人によってはイラストで、音楽で、写真で、詩で、短歌で…と無数にあるのだろう。
私はたまたま文章だっただけだ。

教授のニューアルバム、すごく乱雑な感想は「ポストクラシカルだなー」だった。前作も大名盤だと個人的に思ってるけど、今作もそのような感じだと思う。
ファンを、聴き手を選ぶだろうなと思ったけど、いま教授になにを期待するのが普通のファンなのだろう。
感覚的には原田知世が「eyja」を出した時に近くて、J-popの棚に陳列されるのにそれを大きく逸脱して、でもその名の下にリリースされた音源はすべてポップス、みたいな。
あべこべさがある。

霧のような音楽をいつか作りたい、とトークイベントの終盤で話していたけど、それはICCでやっていたLIFE-fiiでは?と一瞬思って、すぐに打ち消した。

たぶん雇用のミスマッチだよなあと昨日上の人と話していて思った。
話されたこと、求められている資質はおよそ入社時の、もっと言うと採用時のものと違った気がした。気がするだけなのでわからない。
私に勉強する気がないのが一番悪いのだと思う。思った上で、そういう人材を取れなかったそちらにも幾分責任があるのでは、と見当はずれなことを思ってみたりする。

電車の中に春休みらしい高校生?大学生?たちが乗っていて、そういえば2年前のこの時期はセンバツを見ながら次の会社への不安と期待でいっぱいだったよと思い出す。
たくさん前職の人と飲んだし、事務/総務をやるにあたって、キャリアアップでは、と言ってくれた人もいた。キャリアアップ。どんな経験を積めましたか?即答できる自信がない。
特に経験は積んでいない。いや、続いていく日々を平穏無事を願いながら乗りこなすような経験は積んだかもしれないけど。

キャリアプラン
行き当たりばったりで会社を転々とし、次にまた飛び立つための準備をしている私にあんまり縁がない言葉だよなと思う。
思いながら、30歳になる頃には文筆業できちんと生活が出来ているように、と願っている。

#nowplaying ある光 by 小沢健二

テレビでやらないかなと思うけど流動体についてを歌う小沢健二見てて年取ったなと。
ある光はライブで聴けたからいいかな。
この線路を降りたら、うーん、この線路は海に行くはずじゃなかった線路と同じ小田急線のように思うけどどうだろう。