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ネコミミ新世界

日記その他もろもろ

「あんたってあたしのものじゃないんだ、って気付いた」

母親に言われたことがある。

「なんで私って昔はピンクとか着てたんだろう」
と、母に聞いたときのことだった。

私の母は山本耀司やらコム・デ・ギャルソンやらが好きな典型的なカラス族なので、
当然私が幼いころは普通に真っ黒の服を着せていたらしい。子供服で。

そんなとき、幼い私がぽつりと「ママ、あたしもピンク色の服が着たい」と言ったのだと。

「じゃあ、私が自分から着たいって言ったんだ」
「そう。幼稚園で誰かのを見たのかもしれないけど、とにかくびっくりして。
 ああ、あんたってあたしのものじゃなくて一人の人間なんだ、って気付いたんだよね」
「えっ」
「だからシャーリーテンプルとか着せてたんだよ!覚えてないの?」
「ええ…」

当時はユニクロはないけど子供服バブルの時代で、
今もあるけど、シャーリーテンプルとかメゾピアノ辺りが「かわいい子供服」として
ぶいぶい言わせていた。
記憶の中にある私は、なんだか可愛い服を着せてもらっている女の子だったので、
当然母親がシャーリーテンプルあたりを着せていたのだろうと思っていたのだけど、違ったようだ。

「あたしのものだと思ってた。子供だもん。所有物で、着せ替え人形みたいだと思ってた。
 でも違った。あんたはあんたで着たい服があったんだって気付いたんだよね」

そのようなことを母は話してくれた。

私は私で、洋服売り場よりもおもちゃとゲーム売り場、本屋が好きな子供に育ってしまったのだけど。
いや、人並みに服を見るのは好きだったけど、
おもちゃとゲームの魅力には敵わなかった。

のち、服に対する自我みたいなものがうっすら芽生えてからは、
ナルミヤ」系が流行ってたのでANGEL BLUEとかを着る時期を挟んで(※黒歴史)、
結局のところ自分が好きだったもの、ということでラルフローレンとかに戻っていった。

私がトラッド系を好きなのは母の影響だと思う。
「子供がきちんと着る可愛い服」という感じで好きだった、と話してくれた。
今も覚えている、袖がきちんと革だったスタジャン。
赤いタータンチェックの、裏地がないコート。

今も母と洋服を買いに行くと楽しい。立派にマザコンだと思う。ファザコンでもある。
「あたしと買い物に行くとなんかこう、打率がいいでしょ」と母が言う。
「あんたに似合うもの、たぶんあんたよりも知ってる」と言う。
そう言われても悪い気がしない。
だって私の好みは母に作られたのだろうから。

で、バブルのころにあった「キッズファーム パオ」やら、
ラフォーレキッズ」やら、そういう話をしたくなってしまう。
でも長いのでまた今度。
いまの原宿H&Mの位置に、いまのラフォーレの、3分の2ぐらいの規模のラフォーレキッズがあったんだよ。
と話したところで何も写真とかが出てこない。Googleイメージ検索にない。

ずっと探している。