ネコミミ新世界

日記その他もろもろ

デパートで膨らむ夢

デパートで膨張する夢夢夢、ショッパー片手に空想前夜。

その日は疲れていた。
ほんとうに疲れていて、なんだかもう自分の存在価値なんてなにもないような気がしていた。実際問題存在価値があるかどうかは別として、ああまた私は代替可能な人間になっている、と変に悲観的かつ卑屈になっていた。

好きなひととご飯を食べていても、仕事をしていても、そのような悲観スイッチが入ると涙腺が緩んでしまう。好きなひとは、おそらく代替不可能だ。どこに居ても、好きなひとは好きなひとであるがゆえの存在感と、役割と、立場を持っている。それがいいのか悪いのかは知らないが、代替可能であるよりはずっと良いと思っている。
人間の「個」に重きが置かれている、ということの証明になるだろうから。もちろん好きなひとの名が背負うものは私なんかよりも大きく重いのだが、その分ひとから必要とされているということではないか。必要とされない、需要のない「もの」がどんなに虚しいか私は知っているつもりだ。
仕事の面でも、私は常に代替可能だ。
おそらく私が明日から居なくなれば困るひとはいるだろうが、それでも仕事は回ってゆくだろう。「私でないとダメ」というのは、原則的に存在しない。

そこまで考えてしまうと、私は衝動的に金銭を使いたくなる。
クレジットカードを持っていない私は現金で買いものをするしかない。万単位の買い物をするときなんて冷や汗が出る。常に一括で買わなければならない。封筒に、一万円と書かれたお札が何枚も入って、それをレジで店員さんに渡す。変な客かもしれない。

でもそのようにして消費をすると一瞬だけ心が明るくなる。
同じような現象は酒を水のように飲んでいるときにも現れる。底辺労働者の心の支えはいつだって安い赤ワインだ。マッチ売りの少女が擦ったマッチ、灯した火のように、私は赤ワインを飲み続けるか消費をすることでつかの間、心が明るくなる。

前置きが長いけれど、そのようにして都会へでた。
自分の勤務地から都会へ出ると晴れ晴れとする。心が。誰一人として私を知らないし、私の卑屈さは顔から滲みでているかもしれないが、ちゃんとした店員さんたちは誰一人そのような暗さを指摘しない。
おそらく新入社員であろう笑顔の素敵な女性店員さんに靴の試着をさせてもらい、その場では買わなかったけれど検討材料とし、化粧品売り場の美容部員さんたちと本当に本当に意味のない会話をして化粧品を二、三買った。
カバンは買ったもので膨らむ。
おめあての品はなかったけれど化粧品を買えたからいいや。さもしい気持ちはごまかしきれないまま各駅停車で帰る。長い時間をかけて。

好きなひとに会いに行けばよかったとその日の深夜に思った。思ったけれど遅い。遅いし、代替可能な人間のために代替不可能な人間の時間を使うというのもなんだか悪い気がする。
自分に自信がないあまりにそういうことになる。好きなひとには「自分のポテンシャルがわかってない」と言われる。ポテンシャルはない。
それが全てだとは思わないけれど、比較され続けて育つと「あの人よりここができてないからダメなのだ」という考え方になる気がする。ということで私は常に周りのひとと自分を比べては自分を低く見積もっており、だいたいそれは当たっている。

休日の朝から、昨日膨らませたカバンを整理した。
膨らんだ夢はきゅーとしぼんでしまい、ああこんな小さいもののために私は、、というなんともいえず寂しい気持ちになった。何をしているんだろう。