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ネコミミ新世界

日記その他もろもろ

あなたと軸、擦り切れるビデオテープ

 この数年間特に何を変えたわけでもなく何が変わったわけではないのですが、そこそこ近しい人間には「お前は変わった」と言われることが多い。清く正しく坂本龍一ファンなので当然「ラストエンペラー」は見ましたが、その中で溥儀が「同じ人間がそう簡単に変われるものか」みたいなことを言うのが教授の演技よりも印象に残ってる。結果的に溥儀は変わっていくんだけど、それでもその言葉が刺さる程度には、私は「変わらない」と思ってる。同じような話が堀江敏幸の「河岸忘日抄」でも出てきたような気がする。なにをもって「変わる・変わらない」を分けるんだろうと思う。

 思ってるんだけど。思ってるんだけど、ほんとうに「変わった」とよく言われるんだよ。

 なにを変えただろう。習慣と思考が積み重なって明日の私になるらしいので、たまにストレッチをし(体重が危険水域だった)、たまに読書をし、たまにプログラミングの真似事のようなことを勉強し、絵を描き、服を見、適当にブログを書き散らしてるんだけど。相変わらず年上の人間が好きです。できればずっと眺めていたい。
 でも、そういう日々でも微妙に変わっていってしまう。変容するんだなと思う。仕事で.txtを毎日生産しているけれど、それらが積み重なって私の記録になってしまうんだなとぼんやり思う。思いながら、それでもそれらを変えるためにいままた少しだけ違う方向へ波を起こそうとしている。

 「変わった」と言われることそれ自体が既に自信につながるのでは。
 や、私は過去の私を否定するつもりはない。ないけど、それでも、過去よりいまのほうが常にいいはずで、過去の私が今の私を見たら失望するかせせら笑うかのどちらかだろうけど、なんにせよいまのほうがいいはずだと思っている。それで、それで「変わった」と言われた瞬間とか褒められた瞬間をビデオテープみたいにずっと流している。
 いつか擦り切れそう。