ネコミミ新世界

日記その他もろもろ

待機と、そうでないもの

今日愕然としたのだけど私は待機ができる気でいる。

割と人間を待つのは得意で、
連絡がない相手(携帯が壊れてしまって連絡できなかった、と後日友人に言われた)でも
半日ほど待ったことがあった。
確かそのとき、友人はわざわざ電気屋か何かの端末からtwitterを通じて
連絡をくれたのではなかったか。

「待つ」ことのなんという贅沢さ。

「待っている」間、私自身は何一つ自分で自由にならない。
待っていた相手が到着した時、優先順位の一位に相手が横入りをする。
だから、自分でなにかをしていても、
その相手が「着いた」と連絡を入れた瞬間、
それは中断しなければならない。たとえどんなことでも。

でも、前述のパターンのように連絡が来なかったり、
もしくは待っていた相手がなんらかの理由で急遽来れなくなった場合。

そういうこともちゃんと予定にいれてある。
だから、自由になにかをできないけど、なにかをして「待たないといけない」。
中断してもよい作業を選び、長居できる場所を探し、
そこでかりそめの目的を作って馴染む。

「待機と孤独」というタイトルで友人のZINEに寄稿したとき、
確か半野喜弘の「スクラップ part 1 & 2」と、坂本真綾の「Buddy」を
聴きながら書いたのだった。どちらも待機と孤独の曲だと思う。

(いい加減instagramと連携取ったほうがはてなブログ楽そうだな。)